「チリも積もれば山となる」の意味を知った時。

有名な言葉で

「塵も積もれば山となる」という言葉がある。


私はこの言葉を長年勘違いしてきた。


ことの始まりはこうだ。


幼少期の時にNHKの子供番組を見ていたら

(多分きっとあれは、にほんごであそぼだと思われる)

その中にこの言葉があったのだ。


この言葉がどいう意味を持つかを絵を使って説明してくれていた。

その絵は塵が積もって大きな山になる絵だった。

多分あれは版画で描かれた絵だと思う。


私はこれを見てすぐさま思った。


「そうか!小さなゴミも放っておくと大きなゴミの山になるのだ!」と。


ならば小さなゴミから細かく捨てていくべきだと捉えた。

当時、私には悩んでることがあった。


絵を描くたびに、消しゴムで絵を消すと、消しゴムのカスがたまり

机の上はいつもこの消しゴムのカスだらけだった。

面倒臭くて私はよく放置していた。


こういう小さな消しゴムのカスがいつか大きな処理しきれないゴミの山になるのだと

その時の私は理解した。


それからゴミの山だけは作りたくない一心で、絵を描き終えるたびに

消しゴムのカスを手で集めてゴミ箱に入れるようにした。


「なんて素晴らしい言葉なんだろう」と感動した小さな私。

(多分小学3年生ぐらいだと思う)


そしてこの諺の真意を知ったのは20歳を過ぎてからだった。

「小さな努力でもいつか大きなものになる」という意味だと知った時

私は驚愕した。


そしてもう一つ

「障子に目あり壁に耳あり」という言葉を子供の時に知った時、

私はあまりの言葉の凄さに慄いた。


人が誰一人見ていなくてもお天道様は全て見てる。

誰も私のすることを見ていなくても、きっと神様仏様は見ている。

だから悪いことはできない。

人が見ていないからと言ってバレないと思って悪事を働いても

絶対に神様たちは見てる。

だから悪いことはできない。と思った。


だから何かをする時、

「誰も見てなくていい。きっとお天道様たちは見ている」という気持ちが芽生えた。


これも大人になって違う意味だと知った時驚愕した。


そんなとても間抜けなお話。


でも、

「どんなに小さななことでもいつかは大きなものになるのだ」と理解してからは

ミジンコみたいに小さくてもいいからやり続けようと思った。

必ず報われる日が来ると希望をもてたからだ。

いつか大きな山になるんだと私は今でも信じてる。


そして私のすることが

例えばこの「虐待攻略」一つでも、誰も見てなかったとしても、

いつかは報われる。

見てる人はきっと見てる。

お天道様が見てくれているように

きっと私の知らないところで、誰かが見ていると思ってる。


因みにこの消しゴムと筆箱とシャーペンは中学3年生から使い続けているもの。


それだけの話です。


さて、今年からは大きな大きなチャレンジをしています。

今までしたことのなかったことです。

絵でもない。文章でもない。執筆でもない。

私の人生のなかで最も難しいとされることに挑戦しています。


それはまたいつの日か書こうと思います。


それではおやすみなさい。

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