「殺意」を抱いた時。

最終更新: 2020年1月6日

よく聞かれる言葉に

「なぜ両親を殺そうと思わなかったの?」と言う言葉がある。

今まで、曖昧に返していたが、

包み隠さず言うと

殺そうと思ったこと、その一歩手前まで言ったことがある。

当たり前だ。

あるに決まってる。


あれは14歳の冬だった。

当時中学2年生の時だった。


試験勉強をしていて、夜中、思い立った。

「今なら殺せるかもしれない」と。


当時母が、父が通勤途中でもし事故で死んだら大体このくらいの金額が入るよと

漏らしたことがあった。


その時、実家は火の車で生活は苦しかったし、

その所為で日頃の暴力と暴言が増していくのも嫌気がさしていた。

母は、自ら動こうとしなかったし、

全て父の稼ぎだけでどうにかしようとしていた。


そして、私には

「血が繋がってなくても育ててもらってるだけでも有難いと思え!普通はな、血が繋がってない父親が娘を犯すこともあるねん!それがないだけでも有難いと思え!学校に行かせてやってんねんぞ!住まわしてやってんねんぞ!食わしてやってんねんぞ!」

とはっきり母から言われた時に、


「勝手に産んだのはお前だろ。と言うか義務教育やろ!そこまで言うなら犯してくれ!父親が私を犯したら、お前と父親が一緒にいられる理由もなくなるやろが!」

と心の中で強烈に思った。


これがきっかけだった。


そんなに嫌なら、やめればいい。

そんなに育てるのが嫌なら、最初から産まなければいい。

そんなに父に固執してるなら、私を切り捨てればいい。

そんなに私が邪魔なら、捨てればいい。


何か理由を探して私を責めるのはもうやめて欲しい。


そして、父がいるから、母は狂ったのか。

父がいるから母がこんなにも一人で立たないのか。

父がいるから、私を愛さないのか。


それならまず、父を殺してやる。


そう思った。


父が通勤途中で事故死して結構な金額が入るなら、事故死してもらおうじゃないか。


夜中、薄暗いリビングで私は父の車のキーを握った。

このキーで運転席を開け、ブレーキのところに空き缶を詰めればいい。

咄嗟の時に、ブレーキが踏めないなら死んでくれるだろうと。


勿論、大人になって考えれば、あまりにも陳腐な発想だ。


けど、当時の私は本気だった。


時計の針の音だけが響き渡る、リビング。

私は車のキーを握りしめて立ち尽くしていた。

見つかったら、それこそ半殺しだろう。

いつもの倍以上、殴られるかもしれない。と言うか絶対にそうだろう。

だから確実な道を選ばなければ。

確実に殺さなければ。


何分経っただろうか。


私はキーを見つめたまま計画を練っていた。


けど、ふと魔がさした。


「私は、こんなことをするために産まれて来たのだろうか」と。


親を殺して、私が刑務所に送られる。

死刑判決が出たら?終身刑だとしたら?

この先、そこから出れない人生なのか?


・・・・・・・なんで、私が自分の人生、損してまで殺さなきゃ行けないのだ。


私が手を染めてまでする価値があるか?


なんで、親のために自分の人生を棒にふらなあかんねん。

絶対にそれだけは違う。

母が身勝手に私を産んで、

だからと言って私が自分の人生を謳歌しないのはおかしすぎる。

ここさえ堪えたら、絶対に楽しいことはあるだろう。

これさえしなければ、何があっても楽しい未来は切り開けるはずだ。


私は、人を殺すために産まれたのではない。

私は、人生を楽しむために産まれて来たはずだ。


その時、私は決意した。


これから先、どんなことがあっても殺さない。

どんな理不尽な思いをしても殺すことだけはしない。

「殺したい」と思ってもいい。

だけど絶対に実行に移しはしない。

頭が痛くなるほど「殺したい」と思ってもいいから

私は生きてやる。


今に見てろ。

「あの時、可愛がればよかった」と思わせる人間になってやる。

虐めたことを後悔させれる人間になってやる。


だから、私は、価値のない「殺人鬼」にだけはならない。


そう強く誓って、車のキーを元の場所に叩きつけた。


そして自分の部屋に戻った。


photo by 秋月武


被虐待児が、

「殺意」を抱かないと思ってるのか?

私は、そんな聖人君子ではない。

殺意を度々覚えても必死にこの衝動を堪えた。

歯を食いしばって堪えた。


なぜかって?

私は誰よりも

「私の人生」を守るために堪えたのだ。

私は誰よりも

「私」を守っていたからだ。


そして多くの元・被虐待児が、

必死に自分の人生と自分の心を親に明け渡さないために

戦って来たのだ。


殺意というものは日常の中で常に隣り合わせに生きて来たのだ。

そこに

「なぜ両親を殺そうと思わなかったの?」は失礼すぎる。


「殺したい衝動を堪えて生きて来た」からだ。


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