もうだいぶ前に終わってたんだ。

最終更新: 2019年6月27日

なんか夜中に目が覚めてしまって、気づいたことを書く。

なんかね、気づいてしまって。

「あぁ。そうか私いつの間にかもう親を憎んでなくて許してたんだ・・。」って。

出版の話が来てからさ、さらに過去のことを掘り下げなきゃいけなくて

嫌で仕方なかったけど、でも確かに「本」という形にしたいから掘り下げていった。

で、去年に「虐待の終焉」の核を見つけてしまった時はね、正直焦った。

「いや、私が見つけれるんやから世界中のどこかでもう誰か見つけてるやろ!」とか

なんか世界が探し続けた禁断のものを見つけてしまった感じで焦った。

でも、その終焉の中身に私自身が救われたんよね。

「悪でも善でもなかった」

「標的になった子供は本当にたまたまなんだ(これは悲しいけど)」

「でもたまたまだから標的になった子供がもちろん悪いわけでもなく」

「そしてその母役と父役になった人格もたまたまその役柄があってなくて

人格自体に悪いも良いもなかったんだな」って。

そうやって終焉を見つけた去年から少しづつ時間が経って、

気がついたんだよね。

本当に辛い時って口に出せないんだよね。

私は約30年も口にできなかった。

だって親のこと、実家のことを言えばいうほど、私の大事な親は悪く思われるわけよ。

で、そこで育った私も「普通の人」からは除外されるわけ。

だから言えなかった。

でも、口に出して言いだした2016年から今の旦那さんの前で出るわ出るわの

過去にあったエピソードたち。

こんなにも怒ってたんだ。こんなにも腹が立ってたんだ。こんなにも

あの時の私は悲しいを通り越して怒りがすごかったんだって気づいてはその気持ちを認めて

泣き明かしてそれでも収まらなくて叫んでってことを繰り返した。

夫の優希くんは全て受け入れてくれた。

「なんでこんなことするんだよ!」なんて本当に言わなかった。

「そりゃ辛いよね。苦しいよね。本当によく頑張ってきたよ。」って泣き明かす私に言い続けた。

お皿を投げてしまっても罵詈雑言の嵐でも。

「この方法しか知らないだけなんだよ。俺から知っていけば良いんだよ」って本当に怒らなかった。

そんなことを繰り返しながら認めては許し、

そして先程ハって!気づいた。

「そうか。私、もう両親のこと許してたんだ・・・」って。

きっかけはだいぶ前なんだけどさ、自分が10年前に長男産んで育ててた時に、

泣きやまない時あるじゃん。赤ちゃんは。当たり前だけど。

でその時に思ったんだよね。

「こりゃ、虐待する気持ちもわかるわ」って。

私がそこで連鎖しなかったのは、自分が絶対にしないって決めてたのと、もう一つ。

とにかく行政でも保育所でもどこでも良いから「助けて」って言えたことだと思ってる。

「今結構育児辛いんです」って当時の市役所の担当の方に何度相談したか。

で、相談して口から出すだけで気持ちって楽になるんよね。

でも、母役をした彼女はさ、その「SOS」が出せなかった。

しかも環境も揃っちゃった。

その時さ、

「あぁ。母はこんなにも辛いことを自分の中でどうにかしようと体に溜め込んで溜め込んで行って、その矛先が虐待だったんだな。そしてもうどこから手をつけて修正して良いかもわからないとこまで来てしまってたのか」って。

母役をした彼女は私以上に繊細で感受性の高い人だから余計にきつかったと思う。

で、そんなことをふとこの前思い出してさ、

「彼女なりに合ってない母役をなんとかしてこなしてたんだろう。改善策なんて言葉も知らないほど余裕がなかったんだ。そして周りの常識という目がそれを強固にしたんだな」と。


で、私は「虐待をした母たちが許せない」という気持ちが終わっていたのにさ、

「お母さんたちのバカーー!!」って許せない気持ちでいっぱいにしたんだよね。

理由って簡単で、

「虐待された」って理由がなかったら

「〇〇できない」って言い訳が使えないもんね。

「許した」方が都合が悪かったんだよ。

「許してしまった」らさ、なんでもできるって制限なんて本当はないって知ってしまうもんね。

そして「許せない」って言ってたら責任転嫁できるんだよね。

「あの過去のせいで私はできない。やれない」って。

それってさ、自立を止めてたんよね。自分で自分を。


あの時のことがなんか全然違う次元のように思えて、なんていうの記憶の残ってる前世みたいな感じで、覚えてるのにそこには行けないって感じで。


それなのに私が一番しがみついて執着してた。


だからさ、

「あ、自立の時はもう遠の昔に来ていて、何をするにしても自由でそしてその自由には必ず自分で責任を取るという世界に私は来たんだ」ってさっき気がついたの。


まぁ、実際、わざわざ悪役買ってまで両親たちは私にそれをしたけど、

もしそうじゃなかったら、

私、今の私は絶対にいないんだよね。

何気ない幸せが泣けるほど幸せに感じれるこの私や

あの時して欲しかったことを全部この子達にするんだぞって思いながら抱きしめる幸せや

どうか生まれてした世界中の子供が健やかに育ちますようにって祈り願う私が

存在してないんよね。


そしたら、やっぱりあれは人生のスパイスなだけでさ。

なのに、なんかそのスパイスに固執してた。

たくさんスパイスあるのにね。


第1章が完成みたいな感じで、

これからは、私が私の人生に本当の意味で自由でありその自由に自分で責任を取る。

親のせいにしない。虐待のせいにしない。

という世界が始まってたんだなって。


今さっき気がついて、

なんか大切なことでいつの日かこれが何かになる気がしたから敢えてネットのブログに書いた。


という夜中のブログ。

これを書くために起きたんだということにしとこ。

おやすみなさい。

うちのお家で一緒に暮らす芽衣子ちゃん

(通称・めーたん)

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