前夫との約束。

最終更新: 1月14日

ご存知の通り、あたしは今現在の結婚は3回目となります。


で、前の旦那さんとどうして離婚したか。

ということですが、


あたしと前の旦那さんには約束事がありました。

というか今思ったら2人にとっての誓いでした。


それが

「子供達を守り抜くこと」でした。


あたしと結婚する時に、お願い事をしました。

「どうか、この先、あたしがもうダメだと思った時、

子供達の親権を持って離婚してほしい。

子供達を守って」

と。


あたしがダメだと思った時とは、

「あたしの両親が影響を及ぼした時。

あたしが親権を持つことは出来る。けども離婚してあたしの手元で子供達が大きくなってる最中で

あたしが死んだり大病などで育児が不可能となったら、あの子たちはあたしの親の元に行くことになる。

それだけは何があっても避けたい。

もうあたしのような子供は作りたくない。

あんな思いをして欲しくない。」


というものだった。


彼は、それを頑なに守ってくれている。

もちろん、夫婦の中でのたくさんの問題と言われるものもあった。

だけどあたしは信頼していなかったら親権は渡せない。

あたしは子供達の全信頼を彼に寄せている。


心から、彼に出会えたことに感謝してる。

そしてもう一つ、大きな感謝がある。


それは

「子供達2人に対しての育児の姿がぶれなかったこと」だ。


この彼の育児のスタイルはあたしの人生に大きな希望をいつも見せてくれていた。


あたしは実家で「親たち」が行う育児と教育では兄弟の間に差をつけるものだった。

男と女だからとか理由はいろいろあるのかもしれないが、

私はこの兄弟間で差をつけられることが本当に苦しかった。


けれど彼は上とか下とか

そんなことが本当に関係なかったのだ。

長男と次男2人に差をつけたことがなかった。

これはあたしにとって革命だった。


子供を育てるのに必要なのは

「愛」だけなんだと心から理解した。


長男の名前はあたしが考えたものなのだが、

次男の名前は彼が考案したものだった。


長男の名前の最後に

「お」がつくことをとても気に入ってたらしく

2人がお揃いになるようにと、

次男にも「お」をつけた名前にしてくれた。


長男は「空」にちなんだ名前。

次男は「音」にちなんだ名前。


当時、左耳が聞こえてない私のことを考えたのか

「ママが聞けるはずだった音を丁寧に聞きますように」

そう願いを込めて彼は名前をつけてくれた。

嬉しかった。


ナイフのような鋭い性格の人ではあるが、

根底はいつも透明な水滴がひとしずく落ちたそこから音もなく広がるような

綺麗な世界を持った人だった。


そして、彼は、あたしが受けた教育も知った上で

あたしの育児を否定しなかった。

当時は私がハッキリと「虐待なんだ」と言わなかったが

「辛かった。悲しかった」とは伝え続けていた。


それでも彼は

あたしの育児のあり方、やり方を全肯定してくれた。

その上で自身の信念に沿った育児をしてくれた。


「俺が子供達に怒ってる時は、どんなに何があってもお前は怒るな。絶対に怒るな。お前が子供達の逃げ場でいろ」

とよく言ってくれた。


あたしは子供達が彼に怒られてる時は絶対に怒らずにいた。

そして泣いて飛びついてくる子供達をなだめる役に徹した。


彼との繰り広げる育児の中で

あたしが癒される場面は多かったのだ。


その彼を諦めなければならない。と痛感した時に

あたしは誰もいないところで

この人生の中で1番の絶望を見、

そして声を出して泣いた。

誰もいないとこで、あたしは死ぬほど泣いた。

壊れた方が楽だと思ったぐらいに

あたしは泣いた。


あたしは諦めたくなかったのだ。

でも、離婚しか道は残ってなかったのだ。

そうしなければ、一番大事にしてた子供達を守れないと

痛感したのだ。


嫁ぎ先のお父さんとお母さんとお姉ちゃんを本当に愛していた。

いつまでも家族でいたかった。

ずっとずっと一緒に暮らしていたかった。

それが無理となるほど、あたしの受けた傷は深かった。


この時にあたしは心の底から両親を恨んだ。

あたしは自分すらも守れていないと痛感した。

自分を守れなかったら

こんなにも容易く子供達にまで影響してしまうと

この時に知った。


だからあたしはこの先、生きることを望むなら

まずは何があっても自分を守ることに徹すると誓った。

これ以上何かした時、この許せない気持ちを刃物に変えることをあたしは誓った。


あたしの命以上に、

あたしは子供達とこの家族が大事だったのだ。

何があっても守り抜きたかったのだ。


それを邪魔するほどの猛毒をあたしはもう許すことはしないと

誓ったのだ。


鬼でもいい。なんと呼ばれても構わない。


それほどまでに

あたしは彼との離婚を決めることが辛かったのだ。


岩手のお母さんたちがあたしにくれる愛は

あたしの知らないものばかりで、

あたしは今でも、

あたしにとっての「母」だと思っている。

だからあたしは

「お義母さん」と表記しないで

「お母さん」という表記にしてるのだ。

もちろん

「お父さん」もだ。

「お姉ちゃん」もだ。


彼の実家の家族は

あたしの知ってる中でも最高の家族だ。


その中で子供達は大きくなっている。


あたしは、

この家族の元に生まれ育った彼に出会えたことを心から誇りに思ってる。

そして言葉で説明がつかないほどの感謝と想いをいつも寄せる。


この世の全ての神様たちに伝えれるのなら

あたしはこのことをまず「ありがとうございます」と感謝したい。


岩手を出て、旅が始まった時、

このまま離れてしまうのなら、あたしはどう生きるべきかと

自分自身に問うたことがある。


答えは


「死ぬほど幸せになろう」だった。


理由は


「もし、この先の人生で子供達があたしを探した時があったとして、

あたしは自分のこともわからなくなるぐらい狂ってしまってるのか、

それとも、この世界において言葉で表現できないほど幸せになってるのか

どちらが子供達は喜ぶだろう。

後者だ。

「僕たちがいたからこんな悲しい姿になった」と思わせるのではなく

「僕たちがいたからこんなに幸せなんだ」と思わせる姿の方がいい。

どれほど辛くてもどれほどきつく辛い道でも

あたしは絶対に死ぬほど幸せになってやる」


というのが理由だ。


あたしが「あたしのためだけ」に幸せになってやる。

そう強く決意した。


あたしがこれほどの強さを持てるようになったのは、

あの7年間、あたしが持ってる「強さ」を根絶やしにせず、

根底から何度枯れそうになっても種を植え続けた彼がいたからだ。


これだけは言い切れる。

彼は、あたしに強くなれと言い続けた。

そして、

あたしにひたすら「強さ」を与え続け見せてくれた。


そうやってあたしの中の「強さ」の種を根気よく撒き続けたのは外でもない彼だ。

今、花が咲いてるこの「強さ」の種は

彼があたしにくれたものだ。

だからあたしは自分の強さを大事にする。


そしてこの花に水を与え続けているのが今の夫なのだ。


彼があたしに言い続けてくれたことや

見せてくれていたものは

今のあたしにとって、どうしようもなく大事なものになってる。

だから、あたしは遠慮することなく、今、幸せであると書く。

遠慮する方が失礼だからだ。


あたしは幸せになった。


それは確かに今、夫と作った。

しかし、彼と出会ってなかったら

あたしは

「幸せになろう」という考えすらもなかった。


だから、あたしは胸を張って書く。

彼と出会えたことを誇りに思うと。


そして困ったことがあったいつだって言って欲しいと思ってる。

いつまでもいつまでも

あたしは待とうと思ってる。

あたしの人生という世界に現れてくれてありがとうと、

ここに記そうと思う。


この前の5日に岩手組と京都組が東京で会い、みんなで遊んだ時の写真。



余談で

岩手にいる時にお母さんに言われた言葉がある。

沢山あるのだがその中である言葉が

私の背中を押し続けてくれている。


それが

「彩花ちゃんはなんのために生まれてきたんだ。

親のために生きて、次は子供のために生きてる。

いつ、彩花ちゃんは彩花ちゃんのために生きるんだ?」


という言葉。


静かに私を突き動かす言葉になっている。

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