私が施設に居たときの話。

誰にも話さないでいたこと。

私の施設での話。





私が5歳ごろの時、

母が真っ黒な尿が出たらしい。その事で母は入院することになった。

まだ母と父は籍を入れておらず、母が入院している間私の面倒を見る人がいないという事で

私は施設に入所することになった。

母の親友が私を迎えにきた。

「こんなに小さいのに泣きもせぇへん。かわいそうやわ」

そう私に言ったのかはわからないが

母の入院している病院のエレベーターの中でそう言った。


私は自分が悲しいと感じていないのだけどなと思った。


入所した施設は大きなところで

小学校まで内蔵されている建物だった。

大きいと言っても私の体が小さかったからそう感じただけかもしれない。


そしてそこで共に暮らした子供たち、

というよりか私が一番最年少だったのでみんなお姉ちゃんだったが

どうみてもかわいそうには見えなかった。


理由はみんな優しかったからだ。


それまで夜は一人ぼっちでベッドの中で寝ていた。

淋しい寒い夜しか知らなかった。


私の部屋は覚えてる限りで6人から8人部屋。

下は私の5歳から上は15歳ぐらいだったと思う。

そういう部屋がいくつかあった。


淋しい一人ぼっちの夜しか知らない私にとって

ここでの夜は異端だった。


みんなこぞって

「今日は私が彩花ちゃんと寝る!一緒に寝よう」

と私の隣に布団をしく。

もちろん私の分もしいてくれる。

次の日には

「今日は私が彩花ちゃんの隣ね」と違うお姉ちゃんが嬉しそうに布団を敷いてくれる。

きっとこのお姉ちゃんは小学4年生ぐらいだろう。

そうやって毎日代わる代わる私の隣にみんな寝てくれた。

終いには私を挟んで眠るという構図が出来上がっていた。


生まれて初めて一人ぼっちではない夜だった。


いつ眠ったのかも覚えていないほど、私はすぐにコテンと眠りに落ちた。

いつもは寂しくて窓の外から見えるお月様をいつまでもみていたのに

あそこで布団の中からお月様を見たことはなかった。


トイレに行くものいつも淋しかった。

しかし、

実家の中で唯一トイレだけは私の空間の確保が約束されていたので

トイレは好きだった。


と言っても、施設の中のトイレは夜中の公園の様に気持ち悪く怖い。

眠る前にトイレに行きたくなってもなかなか怖くて行けない。

すると

「トイレ?一緒に行ってあげるよ」とお姉ちゃんたちは言ってくれた。

それから眠る前は

「一緒にトイレに行って欲しい」とお願いする様になった。


朝が来てご飯を食べると、先生が手を引いて園庭に連れ出してくれる。

その園庭に響き渡る大きな音に私はびっくりして

「この音はなぁに?」と聞いた。

すると先生は

「あ、これはねチャイムの音だよ。小学校の授業の始まりの合図だよ」

と言ったが私は理解ができなかった。

すると先生がまた私の手を引いて

「特別に連れて行ってあげるけど、騒いだらダメやで?」と言われ

約束をして先生の言われるままに私は手をひかれ歩いた。


「ここが小学校だよ」と言って授業をしている姿を見せてくれた。

学校のローカから窓越しに教室を見た。

いつものお姉ちゃんたちが沢山いて

黒板と言われるものに目を向け、先生が何か知らない難しい数字を書いて話してる。

「彩花ちゃん、ここでみんなお勉強してるの。そのお勉強が始まる時と終わるときの合図がさっきの大きな音だよ。

そしてお姉ちゃんたちはとても大切な事をお勉強してるからそういう時は静かにするのよ。邪魔はしちゃダメ。

だからここは普段は入れない様になってるの。わかる?」

そう説明され私はコクンと頷いた。

「彩花ちゃんはまだ小学生じゃないからね、ここにはこれないけれど、大きくなったらこうやって小学校で授業できるから

それまではいつも園庭で先生たちと遊ぼうね」

と言った。


私はこの光景が忘れられなかった。

とても神聖でそして全てが許されている授業という空間に憧れたからだ。

早く大きくなろうと思った。


お風呂もいつものお姉ちゃんたちと入った。

小学生のはずなのに、もうおっぱいが大きくなるんだとびっくりした。

私は大人にならないとおっぱいは生えないと思ってたからだ。

ぺったんこの胸を触り、お姉ちゃんたちの胸を湯船の中からじっと見ていた。

そうか少しづつ大きくなるんだ。

お姉ちゃんたちみたいになれるんだと嬉しく思った。

そしていつかお姉ちゃんたちの様に膨らんで行くであろう自分の平べったいおっぱいが愛おしくなった。


園庭で遊ばない日は施設の中になる遊具などで遊んでいた。

そして私は出会った。

この施設には大きな大きな図書館が内蔵されていた。

私の人生でこの本を全部読むのに時間が足りるのかなと思うほど。

本屋さんと違って、どれを手にってもいいらしい。

好きなだけ読んでいいらしい。

嬉しかった。


けど、そこは夜の8時になると絶対に入っては行けないと言われた。

噂によると妖怪が出るとか、図書館に住んでる女の子が出るとかそんな理由らしい。


眠る前、お姉ちゃんの手にひかれトイレに行く途中にこの図書館はあって

図書館の前のローカは

月に照らされキラキラと輝いて見えた。

私は妖怪が出るなんて嘘だなと思った。

こんなにも綺麗で神秘的なところに怖いものが出るわけないよと。

もし出たとしたら、私と同じ様にこのキラキラと輝く美しい図書館に

どうしても入って読みたい本がある人で

それを妖怪なんていうのは失礼だと感じた。


そして叶うならば、お願いだからこの夜の図書館に一度だけでいいから入らせて欲しいと

心から願っていた。


ここでの日常は平穏だった。

穏やかで争いがなく、優しい時間しか流れていなかった。


「彩花ちゃん、うんちしたら先生呼んでくれる?」

そう言われ、驚きを隠せずに

「なぜそんな事をするのだ!」という意味を込めて

力一杯「なんで?!」と聞いてしまったことがある。

そしたら先生は

「検便って言ってね、ウンチの中に虫さんがいないのか調べるためよ」

とケラケラ笑って教えてくれた。

その通り私はうんちをしたら先生に報告した。

すると先生が2人入ってきて、スポイトの様な物をウンチにさして

うんちを容器に入れていた。

そして二人の先生は私のうんちをマジマジと眺め

「彩花ちゃん、立派で元気なうんちをしたね」と褒めてくれた。


お風呂もご飯もお布団もトイレも、必ず誰かが隣にいてくれた。


そして一番上の15歳のみきちゃんというお姉ちゃんがある日悲しそうな

でも少し嬉しそうな、なんとも言えない顔で私のところにきた。

「彩花ちゃんあのね、私、明日でここを出るんだ」と言って。

私は突然のことでびっくりしすぎて言葉が出てこなかった。

かろうじて「どうして?」と聞くと

「・・・・新しい家族のところに行くんだって」

それだけ伝えて、みきちゃんは黙っていた。


次の日、お見送りをした。

みきちゃんは私に、

「彩花ちゃん、これ読んで。手紙書いたから」と言って丁寧に織った小さな可愛らしいメモ用紙を

私の手に握らせた。

みきちゃんは泣くのを堪えて笑っている様に見えた。


じゃあね。


と私たちにいうと、新品に下ろされた赤いヒールを履いて

みきちゃんは去っていった。

私はいつまでもいつまでも

そのツルッと光る綺麗な赤いヒールを見ていた。

そのヒールを履いて去っていくみきちゃんがどうか笑っています様にと願った。


きっと私は泣いてたんだと思う。


みきちゃんの手紙の中には

「私を忘れないでね。私も忘れないから」ということが書かれていたと思う。

いつまでも大事にとっていたけど、

17歳で家を飛び出た時に、この宝物は華麗に捨てられたので今は手元にもうない。


そして私の施設の終わりの日もきた。

それはあまりに突然だった。前日にいきなり訪れた。

先生もみんな泣いていた。


そして私は母の入院が終わったことで、母の体の中から

黒い悪いものが全部出たと思ってたけど、

いざ、車の中で帰路に着く時に

「あ、何も変わってないのか」と絶望を見た。


あそこに居たい。

みんなと居たい。

ずっとみんなと暮らしていたかったと、

車の後部座席で、ワンピースを着た幼い私は思った。


あの夜の図書館。

あのみんなが私を取り合いにして布団を並べる時間。

あのお風呂の中で私の成長を嬉しく思う時間。

あの園庭にいたら聞こえる大きすぎるチャイムの音。

あの怖いはずなのに何故か怖くない夜のトイレ。


私は、あの施設での暮らしが幸せだったのだ。


だから、施設のことを悪く言われるのは嫌だし、

私は、自分が

「育児ができない」と判断したり

「今は手元におくべき時ではない」と判断する時に

躊躇うことなく施設に子供たちをお願いするのはここが起源だろう。


さぁ、幸せになっておいで。

母親の元にいてもいいことないからね。


こんな気持ちを私は今も持っている。


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