美術の話。

お久しぶりです。こんにちは。

8月に入ってから忙しさのあまり、仕事を放棄している体たらくです。

5日には東京で岩手組と京都組が集結し、

長男次男長女の交流会をしてきました。

(岩手のお母さん、お姉ちゃん、長男次男、と

私、長女、現夫の7人で遊びました。)


そうそう、岩手のお母さんは前の夫のお母さんなので

正しい表記は「お義母さん」です。

もちろん「お義姉ちゃん」ですよ。


10日は朝から海に行き、

11日は花火大会と


夏を満喫しまくってます。


そこに夫の出張が4日間入り、

仕事、家事、育児、遊びと全力投球した結果

ここでのブログが止まっています。

どんだけ堕落してるねん。

(言い訳が可能なら、未だ娘の夜泣きは健在で夫婦で交代制で寝てるんです・・・)


遊びで発散しないと死ぬ夫婦です。


さて、タイトルにも書きましたが、

「美術」の話です。

で、タイトルにも書いたのに

美術の話の文章が定まってません。

(頭の中で)


何を書こうかなと思いながらタイピングしてます。

なのでお時間が許される方が読むのを推奨します。


インスタを見ている方は知ってるかもしれませんが、

今、ダイニングテーブルを作ってます。

家具とか世で言われるDIY関連を作り出したのも

そもそもきっかけがあるんです。


3歳?4歳?から鉛筆を握りしめる人生が始まり、

16歳で高校入学と共に

美術の専門学校に入学しました。


大阪の中之島美術学院という学校です。


専門学校では、専門的なことを勉強します。

(当たり前や)

主に、

絵の具でなら

色彩構成と着彩描写

鉛筆でなら

デッサンとクロッキー

って感じで。


この中でも

基礎の中の基礎を徹底して教わりました。


デッサンで使う鉛筆の持ち方とか

(普通の持ち方とは違います)

モチーフの見方とか

空間の余白の白の部分の描き方とか。


そんな感じで技術をつけていくのですが、

17歳でうつ病を発症し

親に辞めさせられたので余計に悪化。

人生の全てが絵だけの女の子だったので、

人生がどうでもよくなり、

そこに畳み掛けるように薬が増えていき

一回の食事の後に飲む薬が30錠を超え、

その副作用として


私の両手は小刻みに震えるようになりました。


絵が描けない人生が始まったのです。


まぁ、絶望でしたね。


当時私が得意としていた絵は

細かい絵を描くことだったので、

手の震えはダイレクトに描けない状況になりました。


でも私はとあることが辞められず、とある欲求が止められなかったのです。


それが


「あたしの頭の中で出来上がる作品を手に取れる形にすること」


でした。


これができたら方法はなんでもよかったんです。


まず手にしたのがカメラでした。

高校生の時にはマイカメラを持ってましたが

当時の知り合いがデジカメをくれまして

そこから撮るようになりました。

きっかけは

「画用紙は長方形で出来てる。その長方形に絵を描いていく。

写真も同じ長方形だ。そしたらこの長方形に入れたらいいんだ。

なんだ絵と全く同じやん!」

と思ったことです。


撮り続けていると、とあるプロのカメラマンに写真が渡り、

言われました。

「この子、絵を描いてる子だ」と。

この話を夜間定時制の同級生に話すと

(其の方は当時で60歳ぐらい)

「死んだ夫が残したカメラがある。孫も誰も使わなくて

カビが生えるぐらいなら使って欲しい」と言って頂き

そのカメラがあたしの手元にやってきました。


それがあたしにとって初代の一眼レフ

Minolta SR-1

でした。

後にこのカメラで撮影した写真が

フォトコンで入選し、雑誌に掲載されました。





次に手を出したのが、

インテリアデザイン。


元々は小学5年生の時にはやり始めてたんだけど、

「部屋」という空間が

真っ白いキャンバスに見えたんですよね。

(多分きっと)

で、家具とか買ってたらお金が足りないし、というか無いので

家具を作り出しました。


最初は神棚を作ったと思います。

(作り続けてるからどれが一番最初か覚えてない)

25歳か26歳のときかな?


そして次に手を出したのが心象画でした。

震える手でも絵の具でかける絵を。と思い描き始めました。

これが永遠っこ妊娠中の時ですね。


手が震えても細かい絵が描けなくても

それでも作れる手段を探しやり続けたら

多趣味に見える女が出来上がりました。


カメラ、電動ドライバー、電動ノコギリ、トンカチ、セメント

木材、溶接、裁縫、粘土、


と、なんだかガテン系なんでも女子に仕上がっています。


で、娘を産んでから薬がなくなり手の震えが止まったので、

17歳から止まっていた時間を取り返そうとしてる感じで

作ったり描いたりしてるんですね。


で、あたしは昔細かい絵が得意でしたが

今では得意なことが変わりました。


今は「どんな色でも作れる」というのが得意です。


簡単にいうと色彩構成です。

もっというなら

デザイン構成、空間構成、文章構成、

という、

「構成」の分野がとにかく好きです。

好きで好きでたまりません。



峰倉かずやさんは昔から尊敬してます。あとはこの写真にはいないけどアニメーターの

田中達之さん、漫画家の貞本さん)


構成をしている時、とにかく引き算をしていくんですけど、

本当に良いもののために、勿体なくても

引いて引いて引いていくんですが、

引いた結果、訴えたいことが伝わるモノになった時の快感は

他では無いです。


アドレナリンとセロトニンが大量分泌されてる状態。


それはもちろん文章でも同じことです。

言葉を単語を引いていく。

捨てていく作業が好きです。

残った言葉、単語が本物だと思ってます。

(このブログは足していく作業ですね)


そのうち気がついたのです。

「人生構成すらも好きなんだ」と。


人生という究極の作品を作り出したい。

その為には足し算も引き算も厭わない。


それをやり続けていたら、得意なことになってたんだと

この前知りました。


この人生という作品を

「手に取れる形にしたい」という欲求のもとで

あたしはいろんなことを恥さらしのように色んなとこで

書いてるんだと思います。


だからあたしにとって

「人生を創り出す」というのは

美術の感覚でもあるのかもしれない。


という話でした。



どうせ人は死ぬのだ。

ならば最高の作品にしたらいい。

その時、あたしの全てが肯定される。

黒く汚い闇ですらも。



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