赤十字大阪府支部が育てた子供「人間の根源を知る」5




17歳。高校2年生。

この年は前年とやり方が大きく異なった。

小学生と中学生の指揮を取るのは高校生に託された。


と、その前に

合宿所に着くと去年参加していた同期が一人いた。

私は飛んで彼の元に行った。

「今年も参加したんや!ほんまに?!やった!また会えると思わなかった!嬉しい!」

と言って肩を叩いたり男女の関係なんて捨て抱きしめたりと同期の彼に喜びを最大限に伝えた。


この一連を読んでわかる通り、続ける子供は少なかった。

いろんな事情があるのだろう。

誰かに指示されて動く方が合う子もいるし、自分で考えて発言することがどうしても苦手な子だっている。

もしかしたら親御さんの事情かもしれないし、家庭には家庭の事情というものがある。

それが悪いんだと言いたいんじゃない。


ただ言えることは、続けた子供は周りになんと言われようが自分の信念を曲げない子だった。

それを2年3年と続けることは簡単ではなかった。

青少年赤十字を18歳の卒業まで続ける子は少なかった。

思春期でもあるし、

「ボランティア」とか「奉仕」という言葉に過敏に反応する年頃だ。

それを周りにからかわれたりする。

漏れることなく私も、からかわれた。

「善人ぶってるん?」

「善い人にでもなったつもりなん?」

「お金ももらえないのに何になるん?」と言った辛辣な言葉を投げられた。

その度私は落ち込んでいたが、

これが私のやりたいことでこの「やりたい」「好き」という気持ちを優先した。


辛辣な「言葉」という石を投げられてもそれでも私はこの活動を続けた。

同期は同じ様な思いをしてこの場にいるのだ。

言うなれば戦友の様な感覚でいた。

私たちはいつだって同士でいた。

先輩も同期も後輩も。


18歳の先輩が一人。

17歳の私たちが3人。

16歳の後輩が5人(翌年7人)

この夏で9人だった。

前年から残ったのが先輩と同期4人だった。


「国境を越える」

「人種を超える」

「肌の色を超える」

「言語を超える」

「宗教を超える」


世の中に溢れてる沢山の隔たりを超え、そしてそれが一番いらないものだと理解してここに参加している。

そしてその真意を知りたくてここにいる。


私たちはただ、

「人間」であるそこだけを見ていた。


3年生である先輩は、この重たい責任を会長という名のもと、全部背負っていた。

一身に、私たち後輩に教えること伝えること指揮を取ることに全力を使っていた。


けど、この先輩は驚くほど間抜けな人だった。

ものすごく真面目なのに、ものすごく抜けている。

だから大好きでいた。


ある時、高校生全員で会議が行われた。

会議の題は決まっている。その答えを全員で出してまとめ上げることが

この会議の目的だった。

私は

「先輩、私後ろで書記しますね。」と言った。

先輩が指揮をとってるその後ろで、口々にみんなの言葉を黒板にチョークで書き上げていった。

要点を書いたり、大事だと思う言葉を書いていた。

私はそういうことが得意だったしとても好きだった。

先輩のサポートに回ることを好んでしていた。

先輩が声を上げて説明したりしてる。

それに対して後輩たちも沢山の意見を言う。


いきなり「ぷす」と言う音がした気がした。

振り返ると、力尽きた先輩がみんなの方ではなく私を見ている。

「・・・・・どうしたんすか・・・」

「彩花ちゃん・・・・あかん・・・頭回らへん・・私が書記しても良い・・?指揮取って・・今の私では無理・・」

この言葉を聞いて

「嘘やん!先輩はいつもいきなりやな!マジか!」と思ったが

私はチョークを先輩に渡して、指揮をとった。


これを読んでこの先輩が格好悪いと思うか?

ありえない。先輩は最後まで責務を全うしている。

この会議で求められてることは

「出された題をまとめあげ答えを出すこと」だ。

時間内で先輩自身が指揮をとり続けていたらこの目的は果たせない。

だからそれが可能であると判断した人物にそれを託したのだ。


「自分にできる範囲」をとても理解してる人だった。

自分のできる範囲とできない範囲の境界線を間違えない人だった。


そして「頼んだで」と言われた私は

「しっかりしなきゃ」と思った。

私を信頼してくれてるんだ。先輩みたいにすごい人にはなれないが、せめて託されたこの会議だけは絶対にまとめ上げるぞと思った。


この合宿の名前を

「リーダーシップトレーニングセンター」と言う。

この意味は

「誰もがリーダーとなることができる」と言う意味だ。

選ばれた人だけがリーダーになるのではない。みんなに全員にこの素質がありこの素質を見つけること。

それがこの夏の合宿の目的だ。

それは自分にしかできないかけがえのないものが全員にあると言うことだ。


先輩は間抜けだ。けど真面目だ。その真面目さがたまに先輩に力を入れすぎてることがあった。

けれどそれを臆することなく私たちに見せてくれる。

その姿が私たちは好きだった。

それは同期にも後輩にも言えた。


ある時

高校生全員で円になって話込む。

「さて、このインタビューをどうやって集めようか」と。

私は同期の彼に言った。

「ごめん!全員に話を聞いて集めてきて!」

「え?!俺?!」

「うん!あんたにしかできひん!私は角が立ちすぎる!」

この同期の彼はものすごく物腰が柔らかかった。

それは一見、自分の意思を強く持たずに周りに流されてる様に見える。

違う。

彼は、年齢、男女間を超えて、どの人にもつい心根を許して話してしまう柔らかい雰囲気を持っていた。

これは彼にしかできない。私は相手をイラつかせてしまう雰囲気を持ってる。

角が立ちすぎる私は出ない方が物事が真っ直ぐに進むのだ。


ある時は、小学生たちが「なんでなんでなんで」と詰め寄ってきたことがあった。

みんなバラバラに大きな声で言ってくる。

私はパニックになった。

その時に遠くの方に後輩のしげが見えた。

「あのお兄ちゃんところに言っておいで!あの一人だけ大きい人いるでしょ?!あのお兄ちゃんなら上手に教えてくれるよ!」

と大きな声で私がそう言ったら全員、ゾロゾロとしげの元に行った。

「え?何?どうしたん?え?わかったわかった」

としげはそう言って20人はいるであろう小学生たちを一瞬でまとめ上げ

その「なんで」に対して答えていた。

「よっし!全員ついてこーい!」と言って連れて行ってた。


あっぱれだった。

私は一対一とかならまだできるが、あれほど幼い子たちの心を鷲掴みにする術は持ってなかったしできなかった。


ある時は

高校生全員で課題をこなそうとした時に

「そんなの私したくありませーーん!!」とはっきりと申した子がいた。

驚くほどの駄々のこね方だった。

先輩も同期も後輩もお手上げになっていた。

けど、彼女を我が儘だと思うか?

そんなわけない。この子は我が強いのだ。そして芯が強いが些細なことで揺れる竹の様な子だった。

竹の様なこと言うのは

「折れずにどんな嵐の中でも立ち向かう柔軟な姿」と言うことだ。

私は言った。

「ねぇねぇ、今日の晩ご飯あるやん?ご飯が何かはわからないけど、もし好きなおかずや美味しいおかずがあったら私の分あげるよ」

と。

すると

「え!?良いんですか?!ご飯くれるんですか?!」

「うん。代わりにこの題をこなすためにどうしても力を貸して欲しい。」

そう私が懇願すると

「全然良いですよ!やります!」と言って想像以上の役割を全うしてくれた。

感動と感謝の気持ちに溢れて、約束通り晩ご飯の時に私は

「好きなおかず、小鉢取っていって!」と言ったら本当に幸せそうに

「ありがとうございます」と言って食べていた。

漏れなく他の後輩同期たちも

「俺のでよかったら」と上げていた。

彼女の周りには沢山の小鉢が並んでいた。


私はこの素直さに感嘆の溜息をついた。


そしてある時は

驚くほど普段何も発言しない子がいたのだが、この子は芯が強いを超えて大樹の様な人だった。

イメージとしては屋久島の杉の樹のようだった。

発言した時には真意をつきすぎてる。

先輩の私たちですら、ごもっともすぎて黙る。

恐れない子だった。

普段はみんなを見守っていたり静観している子だ。

しかし、「それは爪が甘すぎませんか?」としっかりと指摘する。

若干16歳でこの芯の強さを目の当たりにした時は、自分が恥ずかしくなった。

どんな状況でも、その後輩の心が乱れたところを見たことがない。

今も仲良くしているが、いまだに見たことがない。


こう言う風に全員に素質があった。

一人ひとりに、その人にしかない輝くリーダー性が必ずあった。

そして、この凸凹な形が合わさって、私たちは合宿での集団活動をこなした。

驚くことに体それた喧嘩や争いやイザコザはなかった。

自分たちの「できる」とこ「できない」とこ

それが織り重なって

私たちは「できていた」


これが人間の形なんだと私たちは理解していた。


そして、私のできることも見えてきた。

それが、「最後の最後に出ていく人」だった。


みんなが力がなくなってしまったり、世間や何かの非難の声やそう言う恐怖に脚がすくわれたり

みんなが身動きできなくなってしまった時に、私が出る。


私は行動力に関しては圧倒的だった。

そして、どんな非難中傷も恐れなかった。

叩きたければ叩けば良い。石を投げたければ投げれば良い。

そんなもの慣れている。

そして発言を絶対通したいと思うその声のデカさも異様だった。


こう言う人間は最初から出ない方がいい。

できるなら前に出ないで済むことが一番いい。

ずっと後ろでみんなを守ってる方が事は荒立たない。


けど、それがどうしても無理な時がある。

みんなの力が枯れがれになってしまう時が少なからずあった。

そう言う時に全員を持ち上げて、力尽くでその目的地まで持っていく。


これが私の「できる」こと。


私は荒い。やることなすこと荒く雑だ。

だから私が前に出る時は、先輩から同期から後輩からと、この荒さができるだけ目立たないように尽力を尽くしてくれた。

こう言う荒い人間が注射器なんて持つものではない。

静脈じゃなく動脈に刺す自信しかない。


けど、世間やいろんな荒いものはたくさんあるしたくさん来る。

そう言う時に私の荒さを使うのだ。

顔面から反吐を吐かれ、悪く言われ、叩きに叩かれる。

そう言う事は私がすればいい。

そしてそう言う事はあまり多くない。


だから、私は静観をおぼえた。

見守り、黙っていられる自分であろうと努めた。


そしてもし堂々と矢面に出ることがあって、その時にできるだけ人を敵に回さず、

垣根を越え、境界線を超え、この私の声が真っ直ぐに届くようにと


安原さんと森さんは私にそのやり方を教えて行った。

「人間としての生き方」を教えてくれた。

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